ボードゲーマーに100の質問

Q1 ボドゲ歴は何年ですか?

3-4年くらいかな。

 

Q2 初めて遊んだボードゲームは何ですか?

あやつり人形

 

Q3 誰とボードゲームを遊ぶ事が多いですか?

大学の旧友、カフェで出会った人

 

Q4 どこでボードゲームを遊ぶことが多いですか?

イエサブ、カラオケ、自宅、カフェ

 

Q5 どれくらいの頻度でボードゲームで遊びますか?

今や月2が限界

 

Q6 ボードゲームはいくつくらい持っていますか?

50くらい

 

Q7 あなたのベストボードゲームは?

モダンアート

 

Q8 好きなゲームデザイナーは誰?

シャハトかな

 

Q9 嫌いな(苦手な)ゲームデザイナーは?

プフィスター、ルチアーニ

 

Q10 好きなメカニクスは?

競り、陣取り、心理戦

 

Q11 苦手/嫌いなメカニクスは?

ランダムに初期盤面がセッティングされること。

 

Q12 好きなボードゲームのテーマ/モチーフ/世界観は?

世界観は気にしていない。スチームパンクとかは正直そんなに良さがわからないし、宇宙に行きたくもない。

 

Q13 嫌いな/避けてしまうボードゲームのテーマ/モチーフ/世界観は?

精神病棟に行かされるタイムストーリーズは不快だった。

 

Q14 人気あるけど好きじゃないゲームはありますか?

タイムストーリーズ、テラフォーミングマーズ

 

Q15 お世辞にも面白いとは言えない/あからさまな欠点がある/万人受けするとは言えないけど、好きなゲームありますか?

これはムガルだねw

 

Q16 好きだけど持ってないゲームありますか?

パンデミックラミィキューブ

 

Q17 好きじゃないけど持っているゲームありますか?

ない(断固)

 

Q18 好きなアートワークのボードゲームは?

王と枢機卿

 

Q19 ボードゲームのアートワークやコンポーネントをどの程度重視していますか?

全然

 

Q20 オサレな見た目のボードゲームは好きですか?

全然

 

Q21 お気に入りのボドゲグッズ、教えてください。

コロコロ堂のプレイマット

 

Q22 TRPGゲーマーですか? もしくは経験者ですか?

少々

 

Q23 TCGゲーマーですか? もしくは経験者ですか?

これはNoかな

 

Q24 ソシャゲをプレイしますか?

No

 

Q25 アニメやマンガ、コンシューマーゲームなどを好みますか?

No

 

Q26 ぶっちゃけオタクですか?

No

 

Q27 同人ゲーム買いますか?

ほぼ買わない

 

Q28 国産ゲーム買いますか?

ほぼ買わない

 

Q29 KickStarterでKickします/しましたか?

No

 

Q30 米アマゾン、独アマゾンを使ってボードゲームを輸入したことがありますか?

はい

 

Q31 ゲームマーケットに行ったことはありますか?

はい

 

Q32 ボドゲカフェに行きますか? 行く人はお気に入りのお店ありますか?

コロコロ堂一択。

 

Q33 ゲーム会に参加するならオープン派、クローズ派?

クローズの方が気苦労が少ない。

 

Q34 実は本名を知らないけどよく遊ぶボドゲ友達がいますか?

はい

 

Q35 ボドゲジャケ買いします/したことありますか?

脱獄ペンギン

 

Q36 初心者相手のツカミに絶対ウケる! キラーコンテンツ的なボドゲはこれ、というものはありますか?

ヒトトイロとかかなぁ

 

Q37 ボドゲ未経験の初心者(ゲームを普段遊ばない人)にボドゲを遊んで貰うなら、どういうラインナップで攻めますか?

持ってるもので。

ヒトトイロ

モダンアート

カタン

おばけキャッチ

ハンズ

ゲスクラブ

コードネーム

コンセプト

 

あたり。

Q38 ボドゲ未経験の初心者(ボドゲ以外のゲームは遊ぶ人)にボドゲを遊んで貰うなら、どういうラインナップで攻めますか?

同上。

 

Q39 どういうルートでボードゲームを購入する事が多いですか?

ルート?一回カフェで遊んでから

 

Q40 中古ゲームの購入に抵抗はありますか?

特になし。買ったこともない。

 

Q41 遊ばないゲームを手放したことがありますか?

ない。

 

Q42 スリーブ入れる派? 入れない派?

最近めんどくさい。

 

Q43 アメ(リカン)トラ(ッシュ)派? ユーロ派?

ユーロ。

 

Q44 日本以外のアジアのボードゲームに関心ありますか? 買ったり遊んだりしていますか?

ない。

 

Q45 レガシー系ゲームで遊んだことはありますか? また、レガシー系ゲームは好きですか?

ない。

 

Q46 人狼やごいたなどのチーム戦のゲームは好きですか?

人狼とごいた違うだろ…ごいたは好き。人狼あんまり。

 

Q47 一対多、一対一の陣営非対称ゲームは好きですか?

大抵バランス悪いから嫌い。

 

Q48 マーダーミステリーを遊んだことはありますか?

ない。

 

Q49 謎解きや脱出ゲームを遊びますか?

あそばない。

 

Q50 萌え絵のボードゲームは持ってますか? 萌えっぽい絵のボードゲームを購入するのに抵抗はありますか?

多分ない。

ハトクラとかドミニオンより面白いなら欲しいと思う。

 

Q51 海外のボードゲームによくある「エセジャパン」的な世界観のゲームをどう思いますか?

正直微妙。

 

Q52 BGGのアカウントを持っていますか? 普段からBGGを見て/利用していますか?

参考程度に。

 

Q53 ボドゲーマのアカウントを持っていますか? 普段からボドゲーマを見て/利用していますか?

検索の邪魔になることの方が多い。

 

Q54 ゲムマ以外のボドゲフリマなどの即売会イベントに参加した事がありますか?

ない。

 

Q55 プレイヤーのマイ担当カラーを決めていますか? 決めている人は何色ですか?

青。

 

Q56 トリックテイキングは好きですか? 好きな人はメイフォローとマストフォローどちらが好きですか?

マスト。

 

Q57 トランプゲームで遊びますか?

ほぼあそばない。

 

Q58 ワードゲームは好きですか? また、得意ですか?

場合によって得意不得意は違う。

 

Q59 大喜利ゲームは好きですか?

それなりに

 

Q60 協力ゲームは好きですか?

面白ければ。

 

Q61 バランスゲームは好きですか?

あまり。

 

Q62 紙ペンゲームは好きですか?

結構好き。

 

Q63 ダイスゲームは好きですか?

あんまり…バカゲーなら好き。

 

Q64 ゲームにおける運要素の比率はどれくらいがベストだと思いますか?

プエルトリコくらい。

 

Q65 アプリ連動型のボードゲームは遊びますか? また、これらをアナログゲームだと言えると思いますか?

言っていいんじゃないですか。やったことないけど。

 

Q66 軽ゲー派? 重ゲー派? 中量級?

軽いか重いかを回したい。

 

Q67 2時間以上の重量級ゲームでよく遊びますか?

それなりには。

 

Q68 あなたのスマホ/タブレット/PCにはボドゲアプリがインストールされていますか?

20個くらい。

 

Q69 有名/定番タイトルなのに、遊んだことがないゲームはありますか?

パンデミックレガシー

 

Q70 日本語版を是非出して欲しいと思うゲームはありますか?

パッと浮かばない。ゲルツの何か。

 

Q71 海外ゲームのゲームメーカーによる邦訳の誤訳が気になる/許せない方ですか? また、メーカーのエラッタページはチェックしますか?

チェックするけど、そんなに義憤はない。

 

Q72 海外と日本版でアートワークなどが変わるのは気になる/許せませんか?

ダサくしないでほしい。

 

Q73 同じ内容のゲームでも、アートワークが変わっ(て、それが好みの絵だっ)たら買いますか?

買わない寄り。

 

Q74 リメイク前のゲームを持っていても、リメイクされたらリメイク版も買いますか?

買わない寄り

 

Q75 海外の未翻訳ゲームを自力で翻訳して遊んだことがありますか?

ない。

 

Q76 レビューや意見、ゲームの考察などで参考にしているボードゲーム関係の個人はいますか?

たっくんさん。

 

Q77 ここで(この)ゲームをやってみたいという場所、ありますか?(実現可能性はおいとく)

公園

 

Q78 この人にボードゲームのマンガを描いて欲しいというマンガ家がいますか?

カイジの人

 

Q79 ボードゲーム関連の動画を見ますか? お気に入りの動画があったら教えてください。

ニコ動のゆっくり全般。

 

Q80 ボドゲポッドキャストを聞きますか? お気に入りがあれば教えてください。

聞かない。

 

Q81 この人とボードゲームを遊んでみたい、この人にボードゲームを遊んで欲しいという人は?(故人、非実在人物、ゲーム業界の人でなくても可)

ライナークニツィアとモダンアートしたい。

 

Q82 「おじさんがパッケージのボドゲは面白い」という法則を知っていますか? また、真実だと思いますか?

なにそれ。

 

Q83 好きな(これくらいの規模で遊びたい、という)プレイ人数は?

4

 

Q84 お泊まりボドゲ会を開催したり、参加したことはありますか?

はい

 

Q85 ぶっちゃけ、クニツィアディレンマって言う? 言わない?

言う

 

Q86 リボーク、ミゼール、ディール、ラフ、ディスカード、全部分かる? 普段から使う?

全然わからない

 

Q87 上家、下家、対面、先ヅモ、ベタオリ、全部分かる? 普段から使う?

これは使う

 

Q88 ゲーム中に交渉要素のないゲームで、口プロレス(はったりを仕掛けたり相手を誘導するような発言)はする方ですか?

あまりしない

 

Q89 同席相手がプレイングに悩んでいる際に、求められていなくてもアドバイスしてしまう方ですか?あまりしない

 

Q90 ボードゲームを遊ぶ時、ハウスルールを導入したことがありますか?

ある

 

Q91 ゲームの拡張は買う方ですか? 買った拡張を入れて遊ぶ頻度はどれくらいですか?

あまりかわない。拡張なしで完成させてくれ。

 

Q92 赤ポーン(ドイツゲーム大賞受賞作)のゲームは何作くらい遊んでいますか? あなたにとって赤ポーンは意味があるモノですか?

非常に意味があります。初心者時代参考にしました。

 

Q93 ゲームマーケット大賞の受賞作を何作くらい遊んでいますか? あなたにとってゲームマーケット大賞は意味があるモノですか?

ない。

 

Q94 どれくらい積みゲーしてますか?

ゼロ。

 

Q95 仲の良い知り合いに頼まれても絶対やらないレベルのNfMゲームありますか?

ストーンエイジ

 

Q96 同じゲームを何度も遊ぶ方?

遊びたい。

 

Q97 入手が難しいが欲しいゲームありますか?

マリア

 

Q98 長考する方ですか? 他人の長考は気になりますか?

する、ならない。

 

Q99 ボードゲーム以外の趣味は何ですか?

ない。

 

Q100 最後に、あなたにとってのボードゲームは、何ですか?

手軽な趣味。

読書感想文『ウィリアム・ジェイムズのことば』

どうもめんペンです。

今日は珍しく読書感想文をやろうと思っています。

先輩が出した本を読ませていただいたので、感想をば。

ウィリアム・ジェイムズという、アメリカの心理・哲学者のについて本です。

 

感想文に入る前に、読む前まで僕が考えていたことをサラッと。

・人の能力というものは生得的な部分と経験的な部分で構成されており、社会との関連によって人には個性が出てくる。

・その個性が生かされるような場合と、社会に迎合せざるを得ずに流される場合がある。

・僕のそもそもの興味は、「人をどうやって動かせるか」にあり、その法則を集めたいと思っている。これはコミュ障の卑屈さから生まれているような気がする。この興味については半ばあきらめている。

大きくそういう前提で読んでいます。

 

 

さてさて、書物を手に取って前書きを読むんですが、哲学者だと思っていたジェイムズが心理学者でもあると知り驚愕します。

そして、「ちょっとイヤだな」と思います。

僕の中での心理学は、勝手な方法で意識や感情の問題を切り取って、一向に真実を教えてくれないもの、という認識だったので。結構な苦手意識をもって臨みました。

 

まぁそれは置いておいて、主要な気になった部分に触れていきたいと思います。

 

純粋経験

言葉としては他の人の哲学でも出てきた気がする。けど詳しく読むのは初めて。
「直接的な生の流れ」とのことで、詳しく書くと本の内容たくさん書かなきゃいけないんですけど、とりあえずある感覚を持ったことだけ記載しておきます。

 

量子論」に言及してるスピリチュアルに似てる。

 

ちなみに僕はスピリチュアル別に嫌いじゃないし、実際そういうこともあるのかもと思ってる立場です。以前気になって(やりたいとかよりも論理が)見てみたんですが、記述が近いですよね。掴もうとすると認識できなくなるような、そんな波があるという感覚が。あっちではたしか「我々が観測すると収束するので波じゃない」みたいな感じだったので、そこ違いますけど。結局自分の意識が個人から見た世界を変えていく、というような感じも似ています。

似てたからなんだって話ですけど、ある程度類似した思想が別のところで出ているのは偶然じゃないだろうし、何か真理性がありますよね。

まぁ類似とか出すならなんかもっと他にいるだろ的な話ありますけどね。哲学に関しては比較って面白いなと思います。アメリカ経済と日本経済の比較とかは苦手だけど。

ちなみに量子論を学ぶ本も読みましたが挫折しました。

 

 

②感情の起源説

・末端起源説→感情の起源は脳ではなく身体である(泣くから悲しい)
・中枢起源説→感情の起源は身体ではなく脳である(悲しいから泣く)
・二要因説→感情の生起には生理的喚起と、それに対する認知的解釈の二つが必要

の3つの感情起源説が紹介され、ジェイムズは末端起源説をとります。この本の帯にも、「悲しいから泣くのではない。泣くから悲しいのだ」と書いてあります。

だがしかし双極性障害の患者としてはこんなものに納得するわけにはいきません。

「もしわれわれの自然に起こる快活さが失われた場合に、意識的な努力によって快活な気分に到達するための最も優れた方法は、快活に座り、快活にあたりを眺め、あたかも快活な気分がすでに心にあふれているかのようにふるまったり語ったりするということなのです」(ことば27より)

とありますが、僕のTLにこれ流したら炎上までありますよ。僕にこれ言ったらめちゃくちゃ怒りますよ。死にたくない態度取れば希死念慮消えますかって話でしょ。

病気の場合は別ってことはない。むしろ中枢の介在説が強固になるはず。

机上の空論で人の意識を切り分けて遊んでいるとしか僕には思えない。

 

閑話休題
漱石の話そんなに要るのかなぁ。何か権威付けのように感じてしまいました。穿った見方かもしれないですけど。

 

 

③教育と心理学

とりあえず「心理学は教育をうまくやる法則を教えてくれるものじゃないよ」ということが書かれます。前提でも書いたように、それは僕でもわかってるんですが、じゃあ何してるんですか...?というのが僕にはよくわからなかったです。

それはまぁ本論からは外れるのでどうでも良いとして。

教育論自体は、自分でもともと考えていたものと相違ないな、と思っていました。個別具体的な生徒に合わせ、その生徒の内面を想像し、それに応じた教育があるべきだ、とざっくりまとめるとそういう風に取りました。僕もそう思います。

「いまこいつの頭の中はどうなっているのか?」がものを教えたり説明したりするのに最も重要な側面であり、その能力が同時に他者の自分と異なった指向性を理解するのにつながることもその通りだと思います。

ストレングスファインダーで「個別化」という項目が自分に出ましたが、これがそのままここの能力に当たると思います。

そこまで難しく言うか...と思いましたが、正確性を期するなら確かにこうなるか、と思いました。

 

しかし、内発的な競争性を「本能」とし、すべての人間に備わるとするのはやや早計かとは思いました。

そこは共通であるとするんだ...みたいな。

 

 

④道徳は想像力を要求する。

教育の話からつながって、当然教育対象でない「他者」に対しても、その人それぞれに「個別化」された考え方をして当たらなければならず、尊重しなければならないことが言われます。この点については同意しますが、問題が二つあります。

 

・そのような行為の総体として、社会が成立するのか?

・想像力の担う部分が多すぎないか?

 

どちらも根本的な問題だと思いますが、後者が最近話題になったので気になりました。

「優しさって何でしょう」という質問を最近されました。

「相手のためを思って何かをする行動が、それによる相手の利益によって跳ね返ってきて優しさと認められる」などと僕は言っています。

優しさは結果を伴ってこそと思います。特にこういう障害になっていると。

かたや一方、人は体験したことについてしか語りえない、と僕は思っています。

体験を増やすこと、類推の練習をすることでしか、語りえること、想像しうることは増えないのです。

これが非常に困難であり、この道徳の実践が「戦い」というように言われています。

この一連の考察は支持します。そして実践をしていくでしょう。

正しさ、ストレス、お知らせ

【正しさ】

 

例えばさ、

「浮気はダメか」って話があるじゃん?

現代日本ではまぁ大体ダメよね。

そういう制度になってるし。慰謝料持ってかれるし。

 

でも、

フラットに考えた時そうなの?

とか

それが何かを阻害している可能性はないか?

とか、考える余地はあると思うんだよね。

 

いつだか誰かとこういう話をしていて、

相手が懐疑派で論を取っていたのに、自分は保守派(制度派)の話しか言えなかったのを覚えてる。

そうなった時の話って、つまんないよね。

つまんないのは、俺なんだけどさ。

 

 

最近情報に触れてれば、日本やべぇって思うじゃん?

なんでやべぇのかって、考えるわけ。

 

今度は全てに懐疑的になって考えるんだけど、話し相手を求めるとさ、いないんだこれが。

 

「これで社会は回ってるんだから仕方ない」

に尽きるわけさ。

 

 

議論の相手がいないってのは非常に残念なことだね。

人生の不幸ベスト10だよ。

 

まぁでもそれはまだよくて。

結局制度とか社会とか、今あるもんを疑っちゃあ意味がないってことなんだな。

革命家が如何にして革命家になるのか知らないが、俺は多分ならない。どの分野の革命家にも。

 

あーいや、些細なことなら疑って、勝手に自由な生活とか送ればいいと思うんですけど。

自分に向けられる差別に声をあげるとかね。

 

もう、根本から違うよ!という可能性を探るって話で。浮気レベルの。

 

まぁ、そういうことは今後控えて行こうかなと思う次第。

 

つまんないな。

 

【ストレス】

 

生活をストレスが溜まるか放出されるかの観点から見る。

化学反応を熱量から見る。的な。違うか。

 

家庭環境とか生きづらさとか、人間関係とか、そういう感じのストレスを溜める行為。

遊ぶとかなんだとか、ストレスを放出する行為。

要は「この合計が最大になるように人生をプレイしたい」というのが人生の目的なんじゃないの。

で、大失敗すると精神病になると。

 

精神病は多分、特に双極性障害は、よほど大失敗するくらいマイナスを貯められるんじゃないかな。だから大失敗なりのものがついてくる。

 

謹んで努力するべくして生まれ、努力に殺される。

 

 

【お知らせ】

 

静岡県伊東市に、家族で引っ越しました。

 

なにもないです。

 

 

 

負け犬の遠吠え

あー、書きます。本当は書いちゃいけないと思うんですが、書きます。

なんで書いちゃいけないかっていうと、これは僕の負け犬の遠吠えであり、感情的なものだからなのです。ゆえに、正しさについての考察が甘い可能性が極めて高い。嫌われる可能性すらある。

が、そもそも嫌われることを恐れないようにと最近思っているので、多少クズで無駄に毒舌な自分の本性のままに書こうかなと思っています。

 

 

最近のブログだと、

・頭がいいってどういうことか。

・コミュニケーションの話。

・個性の話。

 

を通じて自己分析をしている記事が多いと思います。結果自分は、

 

・指向性のないセンス的な所で生きていて、割と頭は回るが情報処理量が足りず、解決の発想にも至らない。

・そもそもなんかズレていて、擬態でなんとかしている。

・指向性がないので個性なんてものはない。

 

という生き物であることが、30年の歳月をかけてわかりました。

しかし30年がかかったとしてもようやく僕は、ここまでぶつかり続けた壁の正体を特定したのです。

壁とはすなわち、社会の要求してくる能力のことを言うでしょう。その見取り図を作ったうえで、改めて社会や経済のことを見てみたときに、思うことがあります。

 

コミュニケーション能力の比重が高い。

 

BtoBであれBtoCであれ、大して違いのないものを売り歩く、あるいは小手先で変えていく、という作業が、いくら何でも世の中に多すぎやしないか。どっちの企業がやっても大して変わらなくて、ご機嫌取りの人の気持ちや資料やなんや、挙句は値下げと。

 

それで賃金上がるように経済はできているんでしたっけ。

 

もちろん新しいものを作った企業もあると思いますし、業務上どうしてもコミュニケーションの部分が勝負になる企業もあります。例外はあると思います。

 

「調べてみました!」っていうタイプのクソサイトの話とかさ、吉本芸人をMIPの声優にするとかさ、どれも誰かを半分騙したり機嫌とったりして、役に立たないもん売りつけているわけじゃないですか。

そのちょっとマシなやつがその辺にめちゃくちゃ溢れてる気がして。

 

この辺の対極にくる(来ているもんだと信じている)研究の分野があります。
うまく予算がこないとか、いろいろ大変そうな話は聞きます。
「なんの役に立つんだ」とコミュニケーションの文脈で語られることもあるでしょう。

研究自体は、情報の収集と統合みたいなプロセスで、正しい根拠だとか新しいものだとかを探しているところでしょうが、そういうものが社会に出るとなんかもうほぼ要らなくなるんだな。と思ったのがむなしいところです。

 

いや、なんだろな。もうちょっと面白いと思ってた。

コミュニケーション論

 

というか、コミュニケーションに起因する生きづらさについて考えてみようという話。

 

以前の「ぼくとコミュ障」では網羅的に話ができなかった部分について考えていきます。

 

 

僕の言うコミュニケーション上の生きづらさが生じる場合というのは、基本的に集団(1対1を含むが、ここで議論する多くのパターンは3人以上の集団を想定)に受け入れられない場合を指します。「生きづらいなぁ」と感じるとか、陰キャ扱いされるのかとか違いはありますが。このような状況がなぜ生じるか、要素に分けて、各要素の偏りによるコミュニケーションの形態の違いについて考えていきたいと思います。

 

①感性の違い

以前のブログにある通り、自分の考えていることと他人の考えていることが著しく一致しない場合です。アニメのサイコパス的なイメージでもいいと思います。この場合、普通に会話をしようとしても話が合わず、自然と集団から離されていきます。
「僕とコミュ障」では、「ぼくはカッコ悪い感じにズレている」と書きましたが、それがカッコ悪いかどうか自体、④容姿⑤その集団での重要能力に依存します。カッコいい感じにズレていれば、そういうものとして受け入れられます。これも別で書いた、「個性」ってやつです。

 

②擬態力
①があろうとなかろうと、ある程度この力は必要になってきます。①で感性が大衆と一致している場合ではさほど必要とされませんが、うまい会話をしようとしたらやはり必要で、「うまい会話」「うまいキャラクター」のコツを取り込んで擬態していくことが必要です。
感性がズレている場合はここを磨くしかなく、もはや人狼ゲーム状態で会話をこなす必要があると、僕は思っています。

 

③積極性
そもそも積極的に会話をしようという気分がなければコミュニケーションは成立しにくいです。しかし積極性のある場合は、「会話をするといいことがある」と思っているフシが多く、そういう場合は会話によって自信を得ている場合が多いです。主に①からその自信が来ています。②から来る場合や、もともと図太い神経を持っている人もいます。個人的に大嫌いなタイプです。

 

④容姿
女性においては特に重要視されるでしょう、容姿。もはや何をしゃべっているか等関係なくなります。容姿のいい集団から追い出されがちなんだろうと僕は思ってます。高校男子校なんでよく知らないですけど。
男性でも普通に問題にはなると思います。

 

⑤その集団での重要能力
収入でもなんでもいいですが、これがあるだけ自分のコミュニケーション上の他の要素の弱さが許されるようになるはずです。

 

 

この5つ。これの総合点をつけて、高いほど集団に溶け込みやすく、居心地がよく、生きづらくない。と思っています。

 

ちょっと見ていきましょう。

①感性の違い ×
②擬態力 △
③積極性 ×
④容姿 △→×(太りすぎ)
⑤その集団での重要能力 ×

これ今の僕です。ゴミです。
そもそもなんでこれ書いてるかっていうと、それでも擬態して何とかやってきたんですが、それも最近ダメになってきて、もう自分の話誰にも伝わらないような気がしてきたんですよね。ものすごい孤独です。
ライフステージが一人だけ下がっていって、もう話がわからないっていうのと、職場に安定していられないので、安定したコミュニケーション源がないのも原因だと思います。とにかく死にたい。

 

①感性の違い 〇
②擬態力 〇
③積極性 〇
④容姿 ×
⑤その集団での重要能力 ×

とかこういう感じになってくると、この人はもうピエロというかネタキャラになることを強いられると。この状態で②がないと詰みです。

 

とにかく欠けたところをどこかで補うわけですが、この2例の如く擬態で補っている場合が非常に不健康なんですね。かなりこういう人いますけど。擬態の上手さに大小はあると思いますが。

逆に擬態の少ないパターンの人はやっぱり自己肯定感ってやつが上がりますよね。ありのままに近い自分が受け入れられているわけだから。

入るコミュニティを狭めて自分の得意分野で勝負するとか、いろいろスコアを上げる工夫はできますが、そもそも話が伝わってない・通じ合っていない現実は曲がらないんでね。

ただ、これが現代社会特有の問題というか生きづらさかどうかは微妙なところで、むしろ個性という選択肢が出来たくらいの面しかないんじゃないかと、今の感覚的には思います。

 

ところで、職場のキモいおじさんっていますけど、あれは①があって②がないパターンで、ジェネレーションギャップに対応できないタイプの奴だと思っています。
要は世代が離れることによって準ずるべき大衆感覚が変わるんですね。そこに擬態する訓練がなされていないと。

 

大変ですね、なんか。

超ネタバレ「世界一キライなあなたに」

タイトルの映画を全部ネタバレするんで、それでもいい人だけみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はい、始めます。

 

主人公の一人、バリバリ働く証券マンか何かだったウィルは数年前の事故で脊髄を損傷。指先と顔しか動かなくなり、実家のお屋敷に住んでいた。

そのお屋敷からウィルの家政婦の高額求人があり、これに飛びついたのが貧乏だったルイーザ。心を開かないウィルに懸命にコミュニケーションを取っていき、徐々に仲良くなっていき、結果的には恋人状態にまでなる。

 

しかしこの家政婦契約は何故か「半年」

それはウィルが自らに定めた安楽死までの期限だった…。

これを知ったルイーザは、あの手この手でウィルを楽しませて自殺を止めさせようとするが…

 

ウィルが死んで終わる

 

という物語です。ルイーザが真実を知るのが比較的早い段階なので、その分切なさの流れる中のラブロマンスが印象的です。

 

さて、ウィルは何故死んだのかを考えたい。

ウィルの状況を考えると

<ネガ>

・自活できない。

・昔のようにバリバリ働くことも遊ぶこともできない。

<ポジ>

・実家が裕福で死ぬほどお金がある。

・彼女ができた。

・イケメン

 

この状態で、果たして死を選ぶのかという難題です。ネガティブ要素があまりに大きいと捉えている描写があり、人前で介護されることにプライドを傷つけられ、昔の夢を見て目が覚めては動かない体に落胆すると。そういうことが積み重なってウィルは死んだ。

 

ここで、かたや僕自身を考えてみる。

<ネガ>

・自活は言うて「できる」ではない。怪しい。

・定期就労が難しく、昔のような働き方はできないどころか、いわゆる「セーブした」働き方すら厳しい。個人的には活躍というものはもう僕の外にある。

・特に気分の沈みに苦悩させられる。

・お金が絶望的にない。

・デブ。

・その状況で彼女は無理。

 

ぶっちゃけ同じくらいか、金が無い分こっちのがひどい。多分俺は死んだほうがいい。

生きづらさ概論

こんにちは。

突然ですが、こういう記事を読みました。

https://www.buzzfeed.com/jp/yuikashima/ryo-asai

これを読んで、「生きづらさについて考えるか」と思った所存です。

今回この記事に対して何か言うことは特にないので、これを読まなくても僕の記事は読めます。

 

ていうかさ、とりあえずタイトルに概論ってつけちゃうのやめたいな。概論ってなにかな。

 

<とりあえず分解>

とりあえず分解しないと生きていけない人間です。 

「生きづらさ」ってよく聞く言葉です。なんとなく生きづらいような気もすれば、そうでもないような気もする。けれど、それをテーマに何かが論じられている。そんな風に僕は思っていましたので、ちゃんと考えることにしました。

「生きづらさ」をそのまま字面通りとらえてもなかなか見えてきません。要は生きづらいということは、生きやすいの逆で、容易いことの逆...のはずです。そこに困難がある。生きるということに際して、どういった困難があるというのでしょう。

「容易い」という表現をする場合、何か試練や課題のようなものに対して用いられることが多いでしょう。その場合の「容易い」という意味は「要求に対して、自分の能力等が合致している」ということになると思います。

「生きやすい」とした場合も同様に、世界からの要求に対して、自分の持つものが足りていることを示していると思います(場合により、さらに「快適であること」を示すこともあると思いますが)。

逆に生きづらいということは、生きるということにおいて、「世界からの要求に対して、自分の持つものが合致していない」状況を指すものとして考えましょう。

 

その状況は大きく分けて2パターンと、例外的な1パターンに分かれると思います。

・ひとつめ。
能力的な不一致。苦手な学校の授業や試験、苦手な仕事などが当てはまると思います。刈りや農耕その他もろもろも。そもそもそれを遂行する能力が自分にない場合を指します。

・ふたつめ。
精神的な不一致。僕が詐欺が得意だとして、詐欺の仕事しか選択肢がなかったら嫌です。生きづらいです。能力は合致していながらも、自分の思想信条や指向性が合致していない場合になります。少し前に、テレビかなにかで、「長距離走がめちゃくちゃ速くて箱根で活躍したけれども、そもそも全然好きじゃなくて実業団をやめた」という人の話を見ました。これも「生きづらい」に含んでいいはずです。

・例外。
世界からの要求云々以前に、そもそも生きづらいパターンが存在すると思います。生きているだけで体が痛いとか、そういう場合です。これは今回議論できませんが、くまなく語る上では外せないです。

 

以下、ひとつめを、「能力的不和」、ふたつめを「精神的不和」と呼ぶことにします。

個人的にはこの二つをごっちゃにしていると、いつまで経ってもどうにもならないと思ったので、まず最初に分けました。

 

<オンリーワンの時代>

さて、話を具体的な所にもっていきます。
ここだけ冒頭のインタビュー記事を少しだけ持ってきますと、現代は「個性が重視される、ナンバーワンよりオンリーワンの時代」のようです。本当かどうかは知りませんが、本当という前提で話します。

本当という前提で、「そうだとしたら何が生きづらいのか?」という話にもっていきたいと思います。

 

教育が主語なのか、はたまた社会が主語なのか。「個性を伸ばす」ことが善とされた世界観。

ここでも生きづらさが問われるということは、「能力的不和」や「精神的不和」が生じている。すなわち、「個性的に生きられない」「個性的に生きたくない」という人が存在している。ということになります。

おそらく世の中には、個性的に生きる人と、没個性的に生きる人と、はっきりとそのどちらともいえない人がグラデーション状に存在しているのだと思います。よく見る正規分布表のように。

そしておそらく今までの社会では、没個性的に生きることが優遇されていた。皆同じように生き、同じように死んでいく。日本だけなのかもしれませんが。

それが、
例えば個性を持つ人の輝きがだんだんと注目され、うがった見方をすればその成果を社会が欲しがったという面とか。
例えば没個性的に、すなわち物差しで測れるものとして人間を見るという姿勢のアンチテーゼを求めたとか。
その辺の事情はもっと様々なものが複合的にあるでしょうが、それらの結果としてオンリーワンの尊重があるのでしょう。

 

<時代への対処>

さて、そんな時代にあっての生きづらさに対処していかねばならず、各々オンリーワンに対する態度が違ってくるはずです。

能力的不和が生じる場合と、精神的不和が生じる場合では微妙に対処が異なります。

 

・能力的不和の場合。
オンリーワンになりたいけどなれない状況です。この場合夢を追い続けるか、挫折してつつがなく生きるかです。

ここで、「オンリーワンになれなくても、つつがなく生きられるのかよ!」という話になりますね。よく考えると変な話になるのですが、多分仕事のほとんどはオンリーワンでなくてももちろんできます。だからそういう道を進めばいいだけです。ただ、小さいころから言いつけられた個性偏重の価値観からは評価されない。
評価されない人生を歩むだけのことです。必要なのは耐えること。それだけなのです。もちろん耐えるのが大変だから、「生きづらさ」だという話をしているのですが。

 

・精神的不和の場合。
オンリーワンになれるが、べつにさしてなりたくもない状況です。この場合は耐えてオンリーワンの称賛を得るか、心に素直に生きるかです。

能力的不和の場合よりも忍耐の比重が少ないです。前者の場合では評価が得られ、後者の場合でもそもそもやりたくないことをやっていないだけなのだから。評価は受けられますが、あくまで自分の選んだ道という精神的な安定感は強いはずです。

 

いずれにせよ、忍耐が必要となってくるわけです。能力△精神△くらいの人でも、やはり同じように時代に迎合する、あるいは評価されない忍耐にさらされるでしょう。

ですが、じゃあ個性上位何%以外がみんな忍耐だけで生きているのかということになりますが、そうではないです。

人は取り繕います。嘘をつきます。

「自分は個性的である」と取り繕うことが起きているはずです。

要は、個性的であると扱われればいいだけのことですから、本当に個性的である必要はない。それっぽい感じにして、それっぽいこと言ったらいいんです。それっぽければいいんです。

バックパッカーというものが最近「それっぽさの演出だけに使われているのではないか?」と思われ始めている気がします。そういう面もあるんでしょう。戦略的にバックパッカーをしている人が一定数いると思います。そうしてそれらしき評価を得て、社会に認められたということにすると。立派な生存戦略だと思います。「人の真似してバックパッカーして意味あるのかよ」という意見も見ますが、そこに意味なんか求めてない人多いんじゃないですかね。求めてる人もいますけど。

 ぶっちゃけそれがうまいだけの人多いと思うんです。

 

 

時代への対処というところでもう一点。昔はどうだったのかと。昔は個性的な奴が割を食っていたんじゃないかと。
知らないですけど、尾崎豊みたいにグレてたんじゃないですかね。尾崎豊が本当にグレてたのか知りませんけど。グレることと個性的であることって相性よさそうですし。
逆に没個性的であることとグレることが非常に相性が悪い。つつがなく日常を進行したいのに登校拒否するのは本末転倒です。

だから突然キレるとか言われるのかなって、ふと思いました。

「今の若者は突然切れるけど、昔は話す余地があった」みたいな話は、単純に怒ってる層が違うだけな気が...。

 

<わからない「個性」>

さて、上記対処には前提があります。自分のタイプに自覚的であることです。
自分は個性的でないことを知っていないと、挫折することができない。
僕は自分にバイオリンの才能があるか知りません。やったことないから。同じように言える分野がごまんとあるはずです。どこかに自分の個性がある可能性は否定しきれない。だから、自分探しの旅が始まってしまう。本物のバックパッカーが生まれてしまう。これは大きな問題だと思います。

自分が見つからない時が多分一番大変で、素直な人ほど大変なんだと思います。僕みたいに。この現象が起きてしまうことも、生きづらさに含まれてしまいます。

ここにきて、最初の分類に抜け落ちがあったことが発覚します。

能力が足りない、精神的にあっていない、そして、わからない。

わからないことが大きな問題になるのです。

対処は2種類。ひたすら探し続けることか、それとも思考を止めて忍耐と嘘の世界に身を置くか。どちらももやもやしたまま、長い月日を生きることになります。この生きづらさが、最も残酷なように思います。

 

これで終わりです。なんでこんなこと4,000字も書いたんだろうって思ったんですけれど、理由としては二つかなと思います。

ひとつめは、「オンリーワン世代での生きづらさ」までテーマを絞っても多様な生きづらさがあるわけで、それは整理して考えたほうが自分にとっていいなと思ったから。

ふたつめは、オンリーワンになったからと言って評価されない人が減るわけでは別にないということを言いたかったから。

評価自体が相対的なものなんですかね。資本主義である以上より良いものを評価していくという向きがなければ結局意味がないということになると思うんです。だから別にオンリーワンが悪いわけではない。生きづらさは別に現代だけに生まれるものではなく、時代が変われば別の生きづらさが生まれるというもの。それをちゃんと相対化してとらえて、仕方のないものとして受け入れる感覚が必要なのかなとおもいました。まる。

 

 

 <番外編:遠未来>

最後に話をめっちゃ変えますね。

じゃあ「能力的不和」「精神的不和」をすべて遺伝子検査で明らかにできるようになったX年後の世界はどうでしょう!!!

生まれた瞬間に職業が決まっていて、自分の能力限界も決まっていて、その能力分働けば一律の固定給と。

え?楽しくない??

その理由は何か。競争が必要か?自由が必要か?

でも、その他の暮らしが死ぬほど自由だったとしたら。余暇の量は増えて、自分が最適に楽しめる趣味が提示されて、最適なパートナーも見つけられて。

 

...幸せだと思うけどなぁ。

 

====================ここから障害者トーク==========================

特殊な話になるので分離しました。

Twitter見てると、よく障碍者雇用の話が回ってきて、リツイートしたりします。

「スーパー没個性的な仕事しかなく、給料も安い」とどのツイートも言っています。

僕ら多分、この記事で書いたよりももっと生きづらさを感じて生きなくちゃいけない。

でも、逃げ道はない。ひたすら耐えるだけ。

ここにあって僕らはどう生きるべきか。はまた今度書きたいと思います。