鳥肌概論

「感動した時に鳥肌が立つのはなぜか」
これがずっと気になって仕方ない。

確信めいたものは出てこないけれど、備忘録的に今考えていることを残しておこうと思う。

・鳥肌自体は寒い時、あるいは威嚇の時に立つものだと思う。つまりは、自分の生命に危機を感じるとき。
・僕が鳥肌が立つときは「圧倒的に"違うな"という音楽を聴いた時」「スポーツ物の感動ストーリー」「自分がある程度できる分野の、超スーパープレー(最近だと、野球とか囲碁とか)」

あたりかなと。

現状の結論としては、
頭のなかで処理できないレベルの情報、あるいは思考・感情が目の前に現れたとき。
だと考えている。

音楽に関しては、そもそも音の持つ情報量が多く、処理できないほどの工夫と熱量が自分に向かってきているから。多分、音量が大きいとか、楽器が多いとかも関係するけれど、音数が少ないのに「良い」となるのであれば、やはり一種の混乱状態になるため、鳥肌は立つと思う。

感動・あるいはスーパープレイ系は、頭のなかで自然に湧き上がる感情・思考が溢れているから。
例えば高校球児の逆転ホームランとか。自分がスポーツ・部活をやっていたからこそ、球児のそこに至る努力や喜びやプレッシャーが自分の頭のなかで溢れて、鳥肌が立つ。

と、考えているのだけれど、実際のところはどうなんだろう。
そういう研究ってないのかな。