山口達也は「人ごと」か

明らかに人ごとじゃない。そう思ってひたすらに自分の生が怖くなる。

 

太一くんか誰かが、「彼はもう病気です」と言った。

病気というものの定義は置いておいて、彼が病気だとすると、病気の症状の尻拭いを全て自分という人格で引き受けている。

自分の人生を病気に奪われている。

逆の立場からすれば、彼の人生でもって、病気という不幸を片付けている。

つまるところ、そういうことになる。

ちなみに双極性障害にも、「異性関係にだらしなくなる」という症状があるらしい。僕にはだらしなくなる相手もいないので関係ないと思う...とか言ってると危ないのか。

僕が病気で会社に行けなければ、或いは怒り出して会社の人でも殴れば、クビという形でもって片付けられる。
それと同じで、この先もしも結婚したとして、病気の症状で浮気でもすれば、離婚をして慰謝料を取られるんだろう。

病気が何をしでかしても、責任は自分という人格に降ってくる。

 

病気の症状は、もはや自分とは呼べないと思っている。

自分の努力の届かないところにあるし、自分の人格とも遠いところにある場合も多い。

「病気をマネジメントする責任がある」という人もいるだろうが、そんなもんできたらするに決まってるんだからどんだけ想像力ないのかと思って僕は取り合わない。

 

何が言いたかったかって、

「僕が起きられず会社に行けないのと同じくらいの不可抗力でもって、山口くんは女の人を襲ったのかなぁ」ということ。

それはとても恐ろしいことだと、僕は思う。

僕がこう思うのは「自分の体が意に反して動く」ことを知っているからだと思う。

ま、酒飲まなきゃ解決だったなら山口くんが悪い気もするけど、酒をどうしても飲んじゃうみたいなのもあったのかもしれないからね。

 

だからと言って山口くんを責めるなとかそういうべき論めいたことを言いたいわけではない。

 

悲しいね、というだけの話。