違う、あなたはバカじゃない。

1社目の会社にいた時、僕は結構な期間を躁エピソードで過ごしたので、色々怒ったりしていました。

それで、退社の時のメッセージカードか何かに、僕との思い出について、「自分自身のことをバカだと自虐した同期を怒ったこと」を挙げていた方がいました。

なるほど確かに怒った記憶があります。

その時僕は本当にこの人はバカじゃないと思っていたし、その人はその人で本当に自分をバカだと思っていました。

その齟齬について、ちょっと考えてみました。

 

※なお、僕に人がバカかどうかの判定力があるか、それを判定する権利があるかという話なんですが。

難しいところで、学歴上やはり頭が良いという扱いを受けるわけで、いくら謙遜しても受けるわけで、それはもういっそ頭が良いとして振る舞った方が楽だということで、この発言に至っているいるところがありました。あと躁。

それでも僕の中に頭の良い悪いの定義があって、それを一個人として披露すること自体が悪いこととは思いません。少なくとも今の僕はこれで誰にマウントを取りたいわけではないし、むしろバカじゃない人にバカじゃないと思うよと伝えたいだけなので。

 

話を戻すと、バカではないのに自分をバカだと思う人が生まれてしまうことを問題視する話です。

そういう人は多くの場合、情報を取り入れる能力の不足を気にしています。頭の良し悪しではなく「情報を取り入れる能力」のみでバカ判定をしています。

もっと言えば、それは「記憶力」であることが多いです。これがないと、会話の中に出てくる難しい言葉がわからないし、自分から出せないし、何より試験に弱い。これをもって自分をバカだと見なす、あるいは他人に見なされるということが起きます。

 

しかし、バカかどうかはもっと別のところにあると思います。情報は時間をかければある程度は取り入れることができるはずです。少なくとも業務に支障のない程度には。

そして情報をたくさん取り入れたぐらいでは、大したことは言えないのです。

僕が見た数少ない映画の中に「グッドウィルハンティング」という作品があるのですが、その序盤のシーンで、主人公のマットデイモンとロン毛の学歴お兄さんが言い合いになります。

政治論について、多彩な本を引用して持論を披露する学歴お兄さんと、その引用元を全て当て、「暗記の披露大会はやめろ」とかなんとか言い放つマットデイモン。

 

うまく言えないんですが、いやここうまく言えると思って書き始めたんですが、悔しいんですが、答えは自分で探そうねということです。

知識で人を圧倒しようとするほどダサいもんはないよということを言ってるような気がします。僕はとりあえずそう取りました。でも単に天才マットデイモンカッコいいなシーンだっただけかもしれないですが。

 

とりあえずマットデイモンを信頼するとして、暗記の中に答えはないということです。暗記を材料に答えを探す必要があります。

その能力が、バカかバカじゃないかを分けるに相応しいと僕は思います。

 

答えを探す力ですが、具体的に何か。

 

答えを探す根性だと思います。

 

うわーバカっぽい。でもこの表現が適切な気がします。

根性とは何を言っているかといえば、バイアスに負けない力です。

バイアスとは認識の偏りのことであって、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」みたいな話だと思います。

 

これに負けない力。

 

袈裟まで憎い坊主が珍しく口にした真理、嫌いな上司が言うけど正しいこと、別れた恋人の言った否定しきれないこと、受け入れがたい病気の現実。

 

これはバイアスが極端にかかる場合ですが、こう言う時に真実を見つめようとする力が大切なのかなぁと重いますが、意識してもなかなか手に入らないものですね。

 

ちなみにこのように心理的にバイアスがかかる場合もありますが、情報が少ないことからバイアスがかかってしまう場合があります。

個人的には「知らないことは、言わない」と考えて生きていますが、どうするのが正しいんですかね。僕自身情報を取り入れるのはあまり上手くない方なので、とにかく情報を入れると言う解決策は取れないのです。

 

ということでした。

 

冒頭の同期ですが、会社の全社超忘年会みたいなデカいやつで同期の出し物をするときに、ダンスを教えてくれたんです。

ものっっすごい教えるのが上手くて、好みとかじゃなくて純粋に客席から見てこの動きはどう見える、何が綺麗、とか教えてくれて、僕にはとてもバカには見えなかったんですね。

音楽をかじったといえばかじったのでなんとなく、なんとなくだけわかるんですが、エンターテイメントってすごく答えの追求なんです。何が、なぜ美しく見えるのか。心地よいのか。そういうのを、例えば嫉妬するパフォーマーなんかからも一生懸命拾ってきたりしないとできない。「会社の出し物なんて、観客はどうせ見る目がない」なんて逃げない彼を、僕はバカと呼べなかったんです。